ローザ 伊 恩慶

そして今、こうして援助マリア会の福山修道院にいます。日本での生活を始めたのは六か月前からですが、こういった機会は二度とないと思うと、神さまからの愛のプレゼントと感じ、一日一日を「一期一会」の心で大切に過ごしたいと思っています。

私は韓国の済州島に生まれ、信徒の家庭に育てられました。反抗期には、「自分が選んだ宗教ではない!」と偉そうなことを言っていましたが、幼稚園から高校卒業まで教会の日曜学校や奉仕活動を通して成長してきました。

召命については、いろいろ誘いがあったけれど関心がなく、特に教会でのシスターは厳しかったので反発も覚えていました。でも、大学で出会うシスターや神父様は自由で楽しく、少しずつ考えが変わってきました。

私の召命に特に影響があったのは、自分の道を探して悩んでいる時訪れた「ハンセン氏病患者の島」での体験です。誘われて一番重症の患者さんの家に行きました。小さな家に男女二人の中年の方が、清潔とは言えないところに住んでおられました。女の人は歩けるが手がなく、男の人の方は、手足がない上に目も見えず、顔も崩れた状態でした。あまりのひどさに「神が同じように作られた人間が、何故このような人生を送っているのか」と大きなショックを受けました。更にもっとショックを受けたのは、崩れて感情が現れないと思える顔にほほえみを浮かべ、「神様には日々感謝です。神様は本当に良い方です。私を愛してくださいます。」と繰り返し言われた言葉です。

この言葉は、私の心を貫きました。涙が出て仕方ありませんでした。この時神様は私の心の深いところにタッチしてくださったのです。

今まで祈りと言えばロザリオとかその他の口祷の祈りしか考えていませんでしたが、神様に顔と顔を合せた交わりのある祈りをこの時体験しました。そして、自分のために生きるのではなく、神に、人に奉仕したいという思いを強く抱きました。

ちょうどその頃、観想会のクララ修道会から、修練者の聖歌指導の為オルガンを弾いてほしいという依頼があり、観想修道会の生活を垣間見る機会がありました。また、尊敬している教会の神父様には援助マリア会をすすめられ、そこで聖イグナチオの霊性に触れました。観想生活における祈りの魅力、聖イグナチオの霊性による活動生活の素晴らしさの両方を眺めながら、私の心は活動修道会に魅かれてゆきました。

日本語の勉強に加えて、ここでは日本を知るためのいろいろな行事:原爆資料館見学や福山のいろいろな祭りへの参加、日本文化の華道の実習などが組まれていて、参加するたびに日本が好きになっています。

また、この夏は、カトリック青年たちのネットワークミーティングの集まりに参加しました。日本の現代の青年たちが自分の信仰を守り、人々に伝える方法を熱心に考えているのを見て、日本のカトリックに希望を見いだしました。

 

私は現在日本の福山援助マリア修道院にいます。ここで毎日YMCAに通い日本語を習っています。ベトナム、中国、タイ、フィリッピンの人々の中に混じって、韓国人は私一人です。初めは気持ちのいい雰囲気の中で、お互いの心をただ感じるだけでしたが、だんだん日本語を話すようになると、一人ひとりの悩みや喜びを語り合うようになって、「言葉」と言うものが人を理解する上にどんなに大切かと言うことを実感しています。

神さまは私の心の深いところにタッチしてくださった