1865317日「長崎の信徒発見」の出来事から150年を迎えた今年、「日本の信徒発見の聖母」として祝われることになりました。この驚くべき出来事は、日本の教会にとって「信仰の原体験」となり、日本の教会の上になされた神の御業の素晴らしさに驚嘆し感慨無量の今日です。私自身の信仰の原点も、先祖から両親から受け継いだ遺産だと思っています。

 

幼少の頃、「起きろ!ミサに行くぞ!」と父の一声で一日が始まり、それは雨の日も風の日もつづき、冬の寒い日には、父の服のポケットに手を入れて眠りながら教会まで歩いて行ったことも今は懐かしいです。夜寝る前には祭壇の前に家族揃って晩の祈りをして一日が終わるという習慣でした。

 

高校1年とき、人生の転機が訪れました。家庭の事情で親元を離れ、住み慣れた故郷を後にすることになります。もし、長崎を離れることがなかったら、一生温室育ちで信仰の恵みを“恵み”として受けとめることはできなかったでしょう。

まったく知らない土地や人々、学校や社会の中で随分寂しく辛い思いもしながら過ごした思春期でした。

 

20歳のある夜、下宿先から程遠くない所にあった福山教会を聖体訪問した時のことです。そこには懐かしい故郷のような温かい空間が感じられました。真っ暗い中でひとり祈っていると、赤い聖体ランプのあたりから『お帰り・・!』という声がしました。それは丁度、放蕩息子のたとえ話の中にあるお父さんの姿と重なり、悩み苦しんでいた私が戻って来るのをずっと待ってくださっていた御父の御声でした。驚きと感動のあまり涙が止まりませんでした。厳しいイメージの額縁の神から人格的な温かい神へと変えられた神体験でした。

 

これが召命への原点だったと思います。3年後、選定の黙想を勧められて、貧しいキリストと共に貧しく生きられた創立者に心惹かれ、援助マリア会の入会が決まりました。今日まで導き育んでくださった神の不思議な計らいに感謝しながら、これからも、神に信頼し、誠実に奉献生活を日々歩んで参りたいと思っています。

 

シスター小西末子

今年、被爆70年、信徒発見150年という節目の年を迎え、また、奉献生活者の特別年にあたり、自分の召命について思い起こす機会に恵まれたことを感謝しています。早いもので入会してから今年、40年になりました。私は、信仰の地、長崎・大浦教会(大浦天主堂)で誕生し、7人きょうだいの4女で9人の大家族に育ちました。

節目の年に、信仰の原点に立ち返る

        『お帰り・・!』