渡 辺 愛 子

 音楽が好きな家族で、教会の神父様がイタリア人であったことからよく教会に行った。私は人生でいろいろ考える高校生のころ、洗礼を受けたいと思った。両親はあまり深くのめりすぎると感じ、修道院にでも入りはせぬかと、猛反対をした。両親にとって、修道院とは函館のトラピストしか知らず、入ったらもう会えないものと心配したからであろう。 結局高2の時受洗した。

 英文学にも、哲学にもあこがれた。しかし、もっと興味を引いたのは、音楽であった。

兄が音楽の先生であり、LPレコードを沢山持っていたので、パイプオルガンの曲やグレゴリオ聖歌を繰り返しむさぼるように聞いた。

 釧路の田舎から東京へ出たいという思いが募って、キリスト教の哲学のあるところ、聖心女子大学に入学して学びながら、同時にグレゴリオ聖歌を学習した。丁度皇太子と美智子様のご成婚の時であった。

 卒業後、もっと音楽に進みたいと思って広島にあるエリザベト音楽大学に籍を置いた。宗教音楽に心が引かれていたので、好きなパイプオルガンも学んだ。そのころ、シスターの召命を感じて誘われるままに、或る会の黙想会に与った。何かしっくりこないものを感じていた矢先、武宮神父様にお会いする機会があった。私の話をじっくり聞いてくださった後、ライフ神父様の所に行くようにと紹介してくださった。

 今考えると偉大な神父様方にお会いできるなど、神様は、人を通してぐんぐん導いてくださっていることを不思議な思いで感じた事であった。

 ライフ神父様は、私にとって救いであった。親から勧められる結婚のこと、修道生活のこと、この双方を同じように見ながら考えるように言われて気が楽になった。勧められた援助マリア会を訪ねて、一発「ああこれだ!」と瞬間的に思った。

 入会して楽しいこと、辛いことたくさんあったが、止めようという気持ちは一度たりとも起きなかった。沢山のシスターたちとの出会いがあって、多くのことを学ぶことが出来た。私の家庭では、家族が多いうえに、色々な人が下宿して家族のように住んでいたので、修道院でも多くの姉妹方とともに住めることは、大きな喜びであった。

 今にして思えば、神様は、その折に触れて人を送ってくださり、その関わりの中で導いてくださったと、感謝して思うことしきりである。

 私は釧路の小さな町で育った。父母は教育熱心で、当時は幼稚園などあまり行かない時代に、兄弟6人ともカトリック幼稚園に行かせてくれた。私は末っ子のしかも女の一人子、自分では厳しく躾けられたと思っていたが、兄などに言わせれば両親は甘やかせてメロメロだったという。

神様はいろいろな人を送って私を導いてくださった