Sr.marie megumi 曳野

神道と仏教の影響が強く、全ての生活はその中に営まれていました。年末、除夜の鐘が終わると、父を先頭に山を越えて、氏神様にお参りしました。真っ暗な山道を提灯の明かりを頼りに、一列になって寒さと眠気に耐えながら黙って歩きました。誰もいない境内を回るとき何か神聖なものに触れている思いがしました。仏教の年中行事も家族と共に楽しみました。

 私はどこでキリスト教に触れた のでしょうか? はっきり記憶しないのですが、おそらく書物からだと思います。小さいときからよく本を読んでいました。西洋のものを読むとき、なぜいつもキリスト教が出てくるのかなと思っていましたが、そこに自分の価値観やものの考え方を学び取っていったように思います。

青年期に入ったとき街角でキリスト教関係のパンフレットをもらいました。それに導かれていったのがプロテスタントの教会でした。一年間ほどその教会に行っていましたが、その頃から修道生活への憧れを感じるようになりました。どこでその影響を受けたかは記憶にありません。

修道生活を求めてプロテスタントからカトリックに変わりました。入会の3年間を待つ間、ずっと『日本女子修道会案内』の本で自分の入会するところを探していました。100以上ある修道会を毎晩見ていましたし、京都の方などにも修道会を訪問していました。

 そのころ、先輩の着衣式に、下関の長府の援助マリア会に行きましたが、その時裏庭を通って宿舎に行くとき、シスターたちが聖体礼拝をしておられるのを見ました。

そこに強い憧れを感じて、心が決まったようでした。その後も一人で手仕事などしているとき、修道生活への静かな憧れが心を占めているのを感じました。。

まったく異質な世界への私の出発は家族にとっても大変な試練でしたが、母の「あなたが生涯それが幸せだと思うなら、お母さんは今分からなくてもいい」という言葉を受けて家を出ることができました。

入会してからの生活は私には大変な試練でした。田舎者の私に都会型の生活、またフランス式の生活を強いられることは、自分が壊れてしまうのではないかと思うほどでした。しかしいつも姉妹たちの暖かい支えがありました。長上たちの寛大な指導がありました。

 70歳を過ぎた今、時々考えます。もし、もう一度生まれ変わるとしたら? 私はやはりこの両親から生まれ、この家族の中に育ち、この道を歩みたい。

             

 私は山陰の田舎で生まれ育ちました。私の祖先は350年前からずっと同じところ住んでいます。
(その前は、寺の焼失で記録がありません。)
農業を営み、貧しさの中にも、美しい自然の中に、季節の移り変わりを楽しみ、豊かに生きていました。

 自然の環境の中で導かれて