シスターになることは、キリストの花嫁になることだと言われますが、その象徴として、昔は白無垢の花嫁衣装を着けて修練院に入会したものです。実は今から50年前、私もそのようにしてキリストに身を捧げました。

信者でない私の両親は、どんな思いで娘の花嫁姿を眺めたことでしょう。修道生活への望みを初めて打ち明けた時の父の苦しみを思い出すと、今も熱いものが込み上げてきます。幾日も眠れない日を過ごしたのち、父は静かに云いました。「お父さんが思っているお前の幸せと、お前の選んだ道は違うけれど、お父さんの考えを押し付けることはできない。お前の人生だから、お前が一番良いと思う生き方を貫きなさい」と。私は、その時ほど父の深い無償の愛を感じたことはありません。掌中の珠のように大切に育てた娘を、どんな人とも知らないキリストに捧げたのです。父は多くの善良な日本人のように、良心に忠実に生る人でした。今は天国で、自分の娘をお呼びになったお方に出会い、自分が愛するよりもはるかに深く娘を愛してくださっていることを知って、喜びに包まれていることでしょう。

父が私の召命に賛成してくれた陰には、ミッショネールのシスターたちへの尊敬と信頼があったことも忘れることはできません。見える保証は何一つなかった創立されたばかりの暁の星学院に我が子を委ねたことを、父は決して後悔しておりませんでした。それどころか、シスターたちの生き方に深く共鳴していました。キリストを知らなくてもキストに賭けた人の真実を見ていたのです。

50数年の間に、お世話になったシスターたちがたくさん天国に召されました。一粒の麦が地に落ちて死ねば多くの実を結ぶという聖書のみ言葉が、改めて心に響いてきます。彼女たちの極みまでの愛のお陰で、今日の私があることを思うとき、私の心にあるのは、ただ感謝だけです。未来には希望を抱き、今を誠実に信頼をもって歩んで行きたいとおもいます。

 

召命を支えてくれた父へ感謝