初めて三原カトリック教会を訪れたのは、19歳の時であった。両親が原爆で他界していたため、15歳の時からKK三原帝人で働いていたところ、友人が「歌がきれいだから聞きに行こう」と誘ってくれて、三原カトリック教会を訪れた。ところが歌はちっともきれいにない。今考えるとミサの歌だったらしい。

友人はプロテスタント教会に行っていた妹さんの言葉によって、よく場所を確かめないまま行ってみようと思ったらしく、対岸のカトリックの方に私を伴ってくれた。

その教会にはドラペリエールというフランス人の神父さま(イエズス会士)がおられ、たどたどしい日本語で話されるお説教が、冗談のように思えて大笑いし、後で恥ずかしい思いをした。誘ってくれた友人はいつの間にか来なくなり、私は一人で神父様の話を聞く羽目になった。だんだん聞いているうちに、神父様のお人柄の良さと温かさに引き付けられて、進んで話を聞くようになった。受洗はその翌年20歳の時であった。

神父様は、フランスでは貴族の長男に生まれ、当時の日本の習慣で考えると跡継ぎであるはずなのに、独身の司祭となり、遠く敗戦の日本まで来られたそのお心が不思議でならなかった。

「何のために日本に来られたのですか」とお聞きすると、「日本人の魂の救いのため」と答えられ、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。あまり感激したので「私も神父様になりたい」というと、神父様は笑って、「それは無理でしょう。でも童貞様(シスターのことをあの頃はこう呼んでいた)になることは出来ますよ」と言われ、受洗して3年後のその時を待った。

その間勤めの合間には教会を訪れ、神父様の言われるままにお手伝いをした。親戚の者は、早く結婚させようといろいろな話をもって来、神父さまご自身も何故かお見合いの世話をしてくださる。私は童貞様になりたいのにと思い、告解場で心の思いを述べると、わざとかどうか「あなたがですか?」とびっくりされた様子を見せられたが、先に2人の人を送られた援助マリア会を紹介してくださった。

面会には叔父が付き添ってくれ、修練長のSMフランシスに会って、ほっとしたらしい。私の入会に「賛成もしないが、反対もしない」と言ってくれた。叔母は、自分のやり方が悪かったからかと悩んだらしいが、後に訪問してくれて幸せそうな私を見て安心したようだった。

さて、入会の動機は神父様の生き方に感銘したからであって、神のことについては、幼いころ祖母がよく話してくれていた、神は上から人間がよい行いをするかどうか監視して見守っておられるというイメージしかもっていなかった。入会して、修練長様から「神様は人間一人一人を愛して、導いてくださる方」とお聞きした時、感激して涙が出そうだった。実際に修練長様が怪訝に思われるほど、感激してよく泣いた。

仕事として台所係りを命じられたとき、家でも会社勤めの時も、ほとんどしたことがなかったのでびっくりした。でも、これが私の使命と思い直し、料理法を人に聞き、本を読み、テレビが入ると料理番組を熱心に見て、大体のことは苦も無く出来るようになった。今は、おいしいと言って食べてくれる姉妹たちの喜びが、私の最大の喜びとなっている。

Sr.森元良子

今、改めて召命について振り返ってみると、知らず知らずのうちに何者かに押されるように、自然にこの道に入ったとしか言いようがない。

 「導 か れ る ま ま に 」