衝撃が走り、身も心も大きな深い喜びに満たされ、不思議なことにその瞬間から私は変っていたのです。誰にも打ち明けないまま直感的に、ひそかな声の主は十字架上のキリストだと思いました。これが私の最初の神体験であり信仰の原点なのですが、それは後から少しずつわかってきたことです。

マリー・テレーズ 深谷伸子

平均的な仏教徒の家庭に生まれ育ち、キリスト教との唯一の接点は、両親が私に通わせてくれたカトリック天使幼稚園での1年保育。後はたぶん、小学生の時に父が買い揃えてくれた少年少女世界文学全集の物語を読んで、キリスト教文化に触れたことくらいでしょう。神のなさり方は不思議で、とてもパーソナル。心の深みに触れながら、信仰の旅路を共に歩まれます。

幼い頃通った幼稚園のカトリック教会へ日曜のミサに行くようになり、聖歌隊に加わり、洗礼を受けるために公教要理を学びましたが、両親が賛成でなかったので成人年齢までひたすら待ちました。この頃の私にとって、洗礼と秘跡を受けることは他の何にもまして強く深い望みでした。大学受験前に父が言った言葉、「浪人せずに大学進学すれば、何をしてもいい。学生結婚しようが、ゲバ棒振るおうが、」の中に「洗礼受けようが」の一言があったのを、私は聞き逃しませんでした。それで志望学部をあえて変更して合格できたのですが、洗礼願い書を差し出したとき、何と父はその言葉を覚えていず、保護者として承諾しなかったのは、とてもショックでした。気を取り直して、何か神の計画があるはずだと新しい土地での生活を始めましたが、まさにその通りで、大学生の間、仲間と共に豊かな人間的霊的体験をいただきました。

月日が過ぎて、父も天に召されてから、母に私の修道召命の望みを打ち明けました。母は猛反対で怒りは天を突くほどでしたが、不思議と私の心は穏やかで、いつかきっと承諾してくれるという確信さえ感じていました。教会へ行く度、また黙想会や研修会に参加する度、もっと喜びに輝いて帰ってくる私を見て、母も徐々に、娘が悪い所にはまり込んでいるのではなく、何か良い力を受け取るらしい、どうも止められそうにないことを、悟るようになったようです。

私はCLC(クリスチャン・ライフ・コミュニティ)を通して聖イグナチオの霊性にひかれ、生涯を通してその生き方を貫きたいと願い、援助マリア会への入会を望んでいました。神が準備してくださった時、不可能と思われた困難も解決して、修道会入会の恵みが与えられました。入会の日から、母は私に会う度に決まってこう言いました、「いつ帰ってきてもいいからね」。そして終生誓願をたてた日、その言葉はこう変りました、「あなたは一番幸せな子だね」。家族は神からの大切な贈り物、私に愛することを教え、人生の土台を育んでくれました。

神の計画は不思議です。洗礼も修道生活も、よいものを受け取るためにどうして反対され、どうして何年も待たなければならないのか、理解できませんでしたが、待つことを通して、望みが強められ、深められ、純化されたのは本当です。不思議ですが、今の私は、自分の弱さや危機や試練に出会っても、去年より今年が、先月より今月が、先週より今週が、昨日より今日が、もっと幸せだと感じるのです。限りなく深い神の愛に招かれて、ご自分のすべてを明け渡されたイエス・キリストと共に、単純に自分を差し出して生きたいと願っています。

小学6年生の頃、善い人になりたいのに実際の自分の行動とのあまりのギャップに、自己嫌悪に陥っていました。変りたいのに変れない現実に悩み続けていたある日、存在の奥底にささやきかける声を聴きました。「変らなくていい、私はそのままのあなたを愛している!」と。

望んで待ち続ける恵み