修道会に入会して、日々うれしく、しかし環境と国民性の違いから、痛いとげと美しい花を経験する中で、修道会の共同体は私のそうした心情を受け入れながら、よく導いてくださいました。この生活は死んでまた新しい命によみがえる旅の繰り返しのようでした!  私自身も決して障害物のない前途を望んだわけではありません。

志願期から始めて、修練期、有期誓願期と9年間過ごす間に、私は祈りを学び、シスターたちとともに出かけながら人々と接し、人々の話を聞いて、霊的識別を訓練することを学びました。

長い修練が終わり9年が経って、終生誓願を宣立するころには、会の精神と任務を通して、神に貢献したいとの熱い望みと、神への愛が準備されたのを感じました。

そのころ家族の一人が、私に援助マリア会の第三修練を延期して、外国でmymaster学位課程をとるように勧めたことがあります。私の将来のことを思ってでしょう。しかし、私は援助マリア会での深い喜びのと自由の中で、尊い使命を継続することを彼に納得させなければなりませんでした。

10年前にしたこの自由な選択を思い起こすたびに、私は微笑を禁じえません。神の愛ほど大きな宝はないと知っているからです。

人生の旅を通して、今も、とげと花を絶えず経験しています。いつかとげと花で飾られた冠を授けられるでしょうか。

私はこの旅において一人ではありませんでした。周りに、多くの人々の温かい愛の支援があってのことです。振り返ってみると、私の心はミクロネシアのシスター達のおかげで、会とその使命がますます増大するのを感じます。

わたしは、ミクロネシアの最初の姉妹として、修道会のカヌーを上手に漕げず、波が強く巨大だった時、明確なビジョンを持ち合わせていませんでした。しかし、私の限界にもかかわらず、神は絶えず守り、導いてくださっていました。神は私の力を超える任務を決してお与えになりません!。これは私の経験から学んだことです。

わたしたちの希望である”Star”を見続けましょう。そして、彼とともに彼が準備してくださったところに共にカヌーを漕ぎ続けます。

Kalahngan (カランガン・ありがとう) Kaselelie (カセレリア・さようなら)     

                                                  Sr.Marie Martha Joel

 

私はポンペイ人として最初に援助マリア会に入会しました。修道者としての前途に大きな希望を持つとともに、幾ばくかの不安を感じないわけではありませんでした。

カトリックの家族の中で育った私は司祭やシスターに会う機会は度々ありました。幼いころ、白人のシスターを見て、両親に何をする人かと尋ねたことがあります。「奉仕をする人」と聞いて大きな興味を持ち、小学生になってもっと近づき、中学生の時には、援助マリア会のシスター恵子赤岩のCome & See“というプログラムに参加しました。

高校卒業前に、シスターロヨラ勝部による黙想会に参加し、援助マリア会の霊性にぴったり合うものを感じました。修道院に定期的に通うようになったのは、うら若き19歳の時でした。

この神の招きに対して私の反応は、両親と家族の愛によって育てられた、宗教的な女性としてのアイデンティティから出たものでした。

 

生を受けて現在まで、過ぎ越し方を振り返ることは、なんと大きな恵みでしょう!

修道者になって19年、その間に遭遇する人々、特に私をシスターとして養成してくださった方々に、今、大きな感謝をしたいと思います。

果 て し な い 旅