数十年前の学生時代、「主のみつかいのお告げを受けて・・・」、12時のアンジェラスの祈りが授業を中断して始まりました。ミッションスクールでしたから、宗教の授業、聖堂朝礼、聖書の話等、らしきことがいろいろありました。   

卒業と同時に祈りも卒業しましたが、友人はまだ祈り、そのうえ受洗、修道生活を考えるような生活をしていることに驚きました。おけいこ事を始めていた私に、それよりももっと良いものがあるからと公教要理を勧められ、教会の門をたたきました。

 錬成会に出かけた時のこと 「キリストの7つの言葉」からの分かち合いがありました。

一人の司祭が、「渇く」を選び、分かちあってくださいました。何をおっしゃったか覚えていませんが、御言葉の分かち合い、それぞれに響く言葉の深みや広がりを感じて、御言葉を祈るとはこういうことかと感動しました。

その頃は青年会活動に若者が多く、そんな中から「修道生活を選んだ」人の入会が決まった時、ある人が私に言われました。 
 「あなたはどうするの?」

 受洗までの期間、入会までの期間、その後の歩み。主は一人ひとりの応答を待っておられるのだと感じます。「あなたはどう思うのか、あなたは私に従いなさい」。

友人が書いてくれた、この歩みを主とともに、「焦らず、ためらわず、ひたすらに、」を大事にしています。

 


 「あなたはどうするの? 

  
        私に従いなさい」