Sr.斉藤高子

救いのために御父にご自分のすべてを捧げられたイエスの生涯に出会いながら、特にマリアがイエスを神殿に捧げられたことは私の改心となり大きな光となりました。.神である幼子イエスが母のみ手の内で御父に捧げられたことは、御受難のイエスと重なり、救いの業の神秘をわからせてくださったのです。そして、救いの喜びに出会ったシメオンとアンナの言葉は、私に再び宣教者としてポンペイに帰ることを選ばせました。

それは今も続く32年間の宣教の礎となりました。

 

そんな時3年に一回訪れるミッショナリーの休暇の度に、以前は宣教者の生活に大きな夢を持って歩み始めたものの、私の思う存分のエネルギーはこんな変化のない刺激のない生活の中で費やされるのかという空白感が混じることが多くなりました。だんだん宣教者として生涯ここの宣教に当たることに行き詰まりを感じ始めました。私はここの宣教に向いていないのではないか、もっと自分の能力や興味を生かす宣教のあり方はないのだろうか。

一年間日本で生活し、宣教者の召命について考え直したいと思いました。暁の星小学校で宗教と家庭科を教えながら、その年の黙想会は私の生き方の根本に触れる回心の時でもありました。

 

そんな時宣教地への派遣のことが全会員に呼びかけられました。以前から教壇で教えることだけではなく、貧しい人々とともに生きてみたいという望みがあり、神様が臨まれれば必要な恵みをくださるとの信頼のもとに私の望みを伝えました。

  ポンペイに派遣されてから、言葉の勉強、習慣、文化の理解のため村に入り家族と生活を共にすること、すべてのことが新しく興味深いものでした。だんだん生活にもなれ、私たち独自の使徒職も始めて、ポンペイの教会の必要性にも応えるようになりました。

 

先輩のミッショナリーのシスターがいつも口癖のように、”受けるよりも与えることに幸せがある。“と生徒に教えながら、ご自分も徹底的に生きておられる姿に、私もあのようになりたいと思っていました。そして貧しくなられたキリストに従い、キリストのように人々を愛することに生涯をかけた私の生き方は?と問いかけていました。

 

 私は暁の星が好きで教えることは大好きでした。暁の星を離れた今でも暁の星は大好きで、 学校の成長を見ることは私の幸せに繋がります

かつて教壇に立ち、神様の愛「神様は一人一人を愛してくださっている。貧しい人苦しんでいる人を大切にしてくださる。」と毎日生徒たちに教えながら、さて自分の生きかたは?と疑問も持っていました。

 私はミクロネシア連邦のポンペイ(通称ポナペ)に派遣されて32年になります。
 何故 地図にもないような南の小さな島に行くの?
 わざわざ遠くの島に行かなくとも暁の星で宣教することはいっぱいある。長上の命令?
 暁の星が嫌いなの? いろいろの反響がありました。

 宣教者への召命  

“受けることよりも与えることに幸せがある。”
(使徒言行録20/35)