私は、解放神学を学びながら信仰と正義の統合について悩み始めていました。

その一方で、盲人施設で子供たちの勉強を助ける奉仕をしながら、貧しい人々とともに一生をかける生き方にも魅力を感じていました。

そんなある日、私は青年たちの黙想会にあずかる機会がありました。聖体礼拝の時に、イエズス様といつも一緒に住みたいとの望みが、心の中に湧いてきました。召命について少しずつ考えるようになったのは、大学3年生のころでした。

大学生会の指導シスターが、私に援助マリア会を紹介してくださったのです。私はカルメル会にも関心があり、時々院長のシスターに会いに行っていたので、私のことは、天国におられる創立者の2人で相談して決めてくださるようにと祈りました。
 援助マリア会を紹介してくださったシスターは、当会のパイオニア精神、イグナチオの霊性、また、海外への宣教が私の適性に合っているのではないかと勧めてくださったのです。

援助マリア会を訪問した時、シスターたちはアパートで生活しながら、韓国語を習うために塾に通っておられました。日本から韓国に来られた理由をお聞きすると、「将来、中国や北朝鮮でも宣教したい夢がある」と言われたことが心を打ちました。今思うと、神様は日本、韓国、中国の宣教の夢を、私たちを通して描いていらっしゃるのかもしれません。

今、私は韓国の小教区で働いています。1989年に志願者として入会してから、もう23年が過ぎました。国を超えた国際性を生きることに招いてくださった神が、これからも全世界を抱く広い心を与えてくださるよう希望しています。

私は子供のころからお医者さんになるのが夢でした。そのため、医科大学に入りたかったのですが、体が弱いのが気になるという母の誘いで、薬科大学へ入学しました。
 
 当時の1980年代は、韓国の青年たちの、独裁政権に反対する学生運動が激しい時代でした。イエズス会の神父様方も、民主化のため、いろいろと労苦しておられたころです。

Sr.M.Agatha 金 芝 妍 

国際性を生きるよう招かれた私・・・・、
        全世界を抱く広い心が与えられることを