濱 野 ノ ブ 子

その当時、「カトリック生活」という雑誌の中に、モロカイ島の聖者と題してダミアン神父様の生涯についての記事が載っていました。彼は若くしてモロカイ島に渡り、ライ患者と生活を共にして、自分もライ病に感染し、肉体はボロボロになって生涯を終えられたという記事でした。

その記事は私の心を奪いました。

私もそのような生涯を・・・!

そのころから、神様は少しずつ私の心を奉献生活の方へと導いていかれました。

そして今の私があります。

私の家族は浄土真宗で、当然のこと私の受洗を賛成してくれる者はいませんでした。しかし、私は成人していましたから、自分の生き方は、自分で選びとって受洗しました。

ミサにあずかり、お説教を聞きましたがその時はよくわかりませんでした。しかし、何回も行っているうちに、フランス人の宣教師である神父様のたどたどしい日本語にかかわらず、人々への愛にあふれた生きざまに魅力を感じるようになりました。

私が洗礼を受けたのは20歳の時でした。

振り返ってみると、わたしは思春期から成人に至るまで、いつも何かを求めていました。

ある日友達に誘われてカトリック教会へ行き、高い塔のある教会の建物を見ていると、何とはなく故郷のようなものを感じたことを覚えています。

聖 人 の 生 き 方 に 魅 せ ら れ て