S.M.オディル・メガ  
(フランス人のシスター)

援助マリア会に入会したのは、ご聖体を中心とした深い祈りの生活に心を惹かれたからです。また、この修道会が日本に創立されたことを知って、主がミッショネールとしての召命の道も新たに開いてくださることを希望したのです。事実、フランスでの20年間の使徒的働きの後、私は、1972年に日本に送られました。あれから間もなく40年になりますが、決して後悔したことはありません!

私は、同じように道を探している友達と一緒に、リヨンの郊外で二日間の祈りと内省の日を過ごすことにしました。指導司祭は、私に答えを与えるのではなく、福音のキリストに出会うために、毎日15分間の祈りの時間をとるようにと助言してくださいました。そのとき私は、孤独と沈黙の中で、主が私を聖別奉献の生活に呼んでくださっていることを直感し、大きな喜びを感じました。主こそが私のすべてとなってくださるという親密な愛の確信と充実感に満たされたのです。このときのことは、決して忘れることができません。私は20歳になったばかりでした。大学での勉強を続けながら、私は、キリストが日々より深く私の中に生きてくださっていることを発見して行きました。こうして、1952年に修練院へ入りました。
ある夏のことです。私は、貧しいこどもたちのための1ヶ月間の林間学校を手伝いました。それは、貧しさと喜びに満ちた体験であり、新しい生き方の発見でもありました。物質的に快適な生活から自由になって、本質的なものに心を向けるようにとの招きを感じたのです。魂が揺さぶられるような経験でした。

大学生になった時、リヨンの女子寮に入りましたが、その寮を経営していた修道会のシスターたちの生き方に関心を抱くようになりました。もちろん、当時のフランスの多くの若者と同じように、キリスト教の家庭に生まれ育った私は、キリストのことは知っていましたが、この頃からキリストは、私にとって生き生きとした存在になってきたのです。私は、修道生活においてキリストに従うようにと招かれているのだろうかと、恐れと憧れの入り混じった思いでした。

私が修道生活への召命に目覚めたのは、もうずいぶん遠い昔のことになります。12歳のとき、ミッショネールのシスターと出会ったことが、最初の問いかけになりました。「私にもできないかしら?」と。それから2〜3年間は、この望みを心に抱き続けていましたが、次第に勉強に興味が湧いてきて、教師になりたいと思うようになりました。結婚生活についてもごく自然に考えました。

主こそ私のすべて