あの若き日に、修道会入会のための“8日間の選定の黙想”で、「主に全てをお返しした」時を、思い出す。現在の使徒職は、もう“私の業”ではなく、主への奉献生活の証しの一つである。

 終生誓願後、私はアフリカ・カメルーンに派遣された。今年バフッサムに国際共同体が創立されて20年になる。アンジェラスの鐘を聴きながら、カメルーンに派遣された宣教女のために祈った中学2年生の時、数十年後、自分が同じ地に派遣されるとは、想像だにしなかった。またこの地で病人の看護にあたるようになると、一体誰が想像したであろう。現在はマラリア等の熱帯病を始めとして、エイズ、結核患者の世話にもあたっている。

卒業後、私は洗礼をうけ、キリスト信者になった。

 3年間の看護師としての生活後、“8日間の選定の黙想”を行った。半ば決まりかけていた某宣教会への入会を確認するためでもあった。黙想中6日目、「修道生活は、自分の職業を十全に生きる為ではなく、主への奉献にこそ意味がある」との光を頂き、援助マリア会を選んだ。当時、日本地区には、病院は無く、したがって私の看護免許は、お預けとなった。

そして入学後、宗教の時間にキリスト教について教わる中で、キリストに生命を賭けた女性・修道女であることが分かった。仏教の家庭に育った私にとって、初めて開く聖書・神のみ言葉は、私の今までの価値観を大きく拡げて行った。“新しい世界・真実の愛・人のために生きることの幸い・・・”私の中に“キリストに従って生きていきたい”との望みは,海の波のように止まること無く押し寄せてきた。

4時間目の授業の後、毎日アンジェラスの鐘が響き渡る。全校生徒は、沈黙の中で聖母マリアに数分間祈る。中学2年生の時、このアンジェラスの祈りに合わせて、アフリカ・カメルーンに派遣されてフランスを出発した、数名の援助マリア会の宣教女のために全校生で祈ったことを思い出す。

体育館に多くの受験生がおり、「こんなに倍率が高く受験に失敗したら・・・」と不安に陥ったことを思い出す。あちらこちらにおかれたストーブは、縮かんだ受験生たちの手が少し暖められる程度であった事も、印象的であった。

この会場で多くの先生方に交じり、黒い服装で頭をヴェールで覆った何人もの女性にも出会った。修道女であった。この女性たちは誰だろう???質素さの中に眼の輝く人々・・・強烈な印象をうけた。

2月、珍しく雪が降り国鉄の電車はマヒ状態に陥った。福山市郊外の我が家から、受験の時間に遅刻しないようにと急遽、友人の家の自家用車に乗せて頂き、福山の受験会場に出向いた。

私とキリスト教との出会いは今から、もう40年以上前の事、カトリック中学校受験日にさかのぼる。

        修道生活は、自分の職業を十全に生きる為ではなく、
             主への奉献にこそ意味がある」との光を頂いて

                                           Sr佐藤 浩子