楽しそうだから…という子どもの反応は、わたしにとっては意外なものだった。と同時に、わたしたちは、「キリストの復活の喜びの証人である。」ということを今の世に、毎日の生き方を通して証しすることの大切さを確認させられた。

「わたしも楽しそうなシスターになりたい」という子どもの望みを裏切らないよう、日々の小さなことの中にも喜びを見出し、ほほえみをわすれず、喜びの証人として生きていきたいと願っている。                                    D.N

後日、母親に「どうして急に修道院行きたいと言ったのでしょうか。」と聞くと、「教会ではもちろんですが、あの子の通っている小学校には、シスターの経営する養護施設から通ってくる子どもたちもいるのです。シスターは、参観日とかに学校にも見えるそうです。いろいろなシスターたちに出会うのですが、いつもシスターたちはやさしいし、楽しそうだから、わたしもシスターになりたいと言うのです。」と母親は答えた。

二学期の終わりころから、教会学校の6年生担当のシスターの急病で、急に5・6年生を担当した。

長崎の教会だったから、全員で40人近いクラスになった。

元気な子どもたちの力に圧倒されそうになりつつ、毎回ふうふう言いつつも、楽しく過ごしていた。

3学期の中ごろ、一人の女の子が「シスターになりたい。」と言いはじめた。長崎では中学1年生になると、召し出しを考える子どもは、男子なら小神学校へ、女子なら修道会で学生志願者として生活をはじめるという風習があるようで、その子も「中学から修道院に行きたい」と言った。

「中学・高校の時は家にいて、お母さんからいろんなことを習ってからにしたらどうですか。」と言っても「いや。今すぐ行きたい。」と言って、後に引こうとしない。

それまで熱心に教会学校に来ていたわけでもないのに、どうしてそう言うのか、わたしにはわからなかった。

子どもの熱意に負けて、ご両親もとうとう司祭のところに相談に行かれた。

幸せに生きる・・・

(子どもたちの召命から改めて思うこと)