Sr.日浦美恵子

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 主は、私の存在を望み、援助マリア会に置き、私を用いてご自身が救いのみ業をお続けになるために、派遣されたのだと。

 この病院での体験は、「私と一緒に働かないか」と呼びかけてくださるお方を、日常生活の中で受け止め、委ねた体験でした。そしてそれは、主において確かに、自分の立つべきところに立っていたという大きな喜びの体験でした。

                        

 このとき、私の痛む体と、このご婦人の痛みに共感する心を通して、主ご自身がこのご婦人に近づき、元気付けられたことに気づきました。そして同時に一本の太い線が私を貫いたのです。

 昨秋、私が病院へ検診に行ったときのことです。

 一人のご婦人が顔をしかめ、膝をさすっておられたので、「痛いですよねぇ」と声をかけました。私も痛みを持つ仲間として、その辛さをお聞きしました。思いがけずその方は、帰り際に「元気が出ました」とわざわざ告げに来てくださったのです。まだ痛みは続いているにもかかわらず・・・ 私はご婦人の意外な言葉に、思わず「イエスさま、あなたはすごい!」と心の中で何度も何度も繰り返していました。

はじめまして。

今回は一人の援助マリア会会員として、
「日常生活での召命」
についての体験(気付き)を、
分かち合いたいと思います。

「日々の召命」