福山暁の星栄養専門学校紀要(1997)より (C.T)

 ところで、科学者は宇宙の未来について何を語っているのであろうか。宇宙は、なお広がり
続けるが、やがて止まり、冷えていく。そして華々しく爆発して超新星として死ぬか、ブラッ
クホールになって、やがてそれも最終的には放熱して崩壊してしまうと言う。いずれにせよ、
宇宙のエネルギー(秩序)は限られた量であり、絶えず使われているとついには「熱力学的な
死」を迎えることになると言う。

 この宇宙がどのようにして神の栄光にあずかるのであろうか。これについてカトリック司祭
であり、神学者であるデニス・エドワーズは、「イエスと宇宙」と言う著作の中で、カール・
ラーナーの考えを解釈して、「啓示によって明確なことは、世界の歴史は必ず終末を迎えると
いうことである。それは単なる終焉や消滅と言ったものではなく、意識を持つ存在の完成と聖
化に全宇宙が参与することである」。また、「人間の精神は常に物質的で、肉体を持つ世界に内在する精神であり、意識に目覚めた宇宙であると言える。それゆえ身体の復活は宇宙の歴史の完成を取り込んでいるのである」と言っている。すなわち、精神にまで高められた物質(宇宙)は、人間が霊のからだで復活することによってすべて完成されて、永遠の神の生命に与るということであろうか。宇宙の終末と完成、これらは今後の科学の進歩と、神学の発展を待つことになるのであろう。

 シャルダンは言っている。「我々の科学はもっぱら人間に集中されるようになり、ますます宗教と向かい合う             ようになろう。科学も信仰も互いに相手の力を弱めるに至らなかった。それどころか片方が無ければ、どちらも             正常に発達し得ないことが明らかになってきた。それは同一の生命が、その両者のいずれにも一貫して流れてい             るという単純な理由からである。実際に科学は、飛躍に際しても、構築に際しても、自らの限界に行き着くとき             にはかならず神秘思想の色彩を帯び、信仰で満たされる」と。

 
                                        

                お わ り に      

  父なる神と共に宇宙を創造し、人となられることによって宇宙に神の生命を与え、人の罪によって失われたその生命を、ご自分の命を捧げるまでの愛によって取り戻して下さったイエス・キリストは、今私たち一人一人を神の国(三位一体の愛の交わり)に招かれる。私たちはキリストの教えと模範に励まされながら、あるいは良心の声に従いながらそれに応えていく。

 キリストはまた、個々人だけでなく、人類全体をご自分の神秘体として神の国へ導き入れられる。現代世界を眺めると、確かに国々は互いに関係し合い、各地で起こる様々な苦しみに心を寄せて手を差し延べている。しかし一方で国々は分裂し、紛争がやまず、お互いに傷つけ合って、さらに大きな分裂をもたらしているように見える。こうした分裂は、できる限り避けたいことであるが、大きな視野から見ると、人類全体の一致への過程から逸脱しているとは考えられない。一人の人間が大人に成る過程で、自立を成す思春期を通過して協力し合える大人に達するように、国や、民族や、社会は、今まで強い圧力の下に強いられて統合したかに見える状態を破って自立し、特徴を持ったものに成長して初めて協力できる態勢が整うのである。

 一致とは全体の中に個を埋没させてしまうことではない。アイデンティティーをしっかり持った個人或いは集団が、互いの尊重と協力によって一致へと向かうのである。「こうして時が満ちるに及んで救いの業が完成され、あらゆるものが頭であるキリストの下に一つにまとめられる。天にあるもの、地にあるものもキリストと共に一つにまとめられる」のである。

 この小論文を終えるに当たって、天地創造のはかりがたい神のご計画を、パウロと共に賛美したい。

   「ああ、神の富と知恵と知識の何と深いことか。
   だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう。
   『一体だれが主の心を知っていたであろうか。
   だれが主の相談相手であっただろうか。
     だれがまず主に与えて、その報いを受けるであろうか』。
   すべての物は、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。
   栄光が神に永遠にありますように、アーメン。」

宇 宙 の 未 来