<人間の出現>

 この本能のうちにとどめられた精神機能が成熟し、臨界点に達したところで、宇宙の進化は試行錯誤の活動をするかのごとくに、猿人、原人、旧人などを生じ、ついに一気に知性の誕生に踏み切った。本能を越える精神活動(霊魂)を有する人間(新人)の誕生である。本能の殻を脱した人間は自由を獲得したのである。(最初に現れた新人が、単一発生か多地域の同時発生であったかどうかは、今なお論争の的である。しかし、アメリカのレベッカ・キャン博士らが、1987年に、『ミトコンドリア・イブ』説を発表して以来、単一発生説が今のところ有力な仮説として認められるという。これは、ミトコンドリアのDNAは母親からしか子に伝わらないことを利用して、現代人のミトコンドリアDNAの起源を溯ると、今からおよそ14万年から20万年前にアフリカにいた一人の女性に行き着くという仮説である)。

 さて、本能を越える存在となった人類は、己自身を意識する存在となり、反省力をもって、自己の中に働く本能の力と、ある時には調和的に作用しながら、ある時には相対して戦いながら、自由に自己を高め、成長させていく。言い換えれば、人間は自由の獲得と共に、本能を越えて自らを成長させていくべき課題を背負ってきたのである。  

 このように考えていくと、“宇宙は人間を生み出すためにあった“という考えに行き着く。ある植物の種が芽を出し、成長して、その植物特有の花を咲かせ、実を実らせるように、宇宙という種の中には初めから人間という花が組み込まれ、長い歴史と共に一定の方向に向かって進化して出現してきたと言えるであろう。シャルダンは、「人間は、宇宙構造の中枢である。人間は自ら、宇宙進化の中心的な位置を容易に占めるようになろう。すなわち、人間の生成発展の歴史そのものが、宇宙の生成発展の歴史の頂きを飾る、進化の時々刻々の頂点に立つことになろう。」と言っている。

 <人間における進化>

 人間にまで進化した宇宙は、その後どのような進化の過程を歩むのであろうか。シャルダンは「進化はその時以来、解剖学的諸相から精神的自発性の個人的、集団的な分野へ明確に広がり、そこに核心が移っていったと言える」と述べている。つまり、人類にまで進化した宇宙は、有機体としての進化に終止符を打って、より精神的な焦点へ向かって進化の軸を移すことになったのである。それは、人間の精神の方向性、すなわち、自由意志に基づく個の確立と、自己を開いて他者へ向かわせる社会化の成熟の方向である。そして、成熟とは一つに統合する過程である。 シャルダンは言う。「精神圏は一点に向かって集中している有機的統一体である。…中略…その巨大な層は、適当な方向に向かって進むなら、前方のある一点、すなわちこれらの層がすべてその中で一つに融合され、完成させられる究極の一点(これをオメガと呼ぼう)に巻き込まれていくに違いない」

 「オメガ点……それは一つは愛、いま一つは高次の生命。オメガ点が宇宙において果たす機能は、…中略…地球上の思考する粒子全体の精神的一致を生みだし、これを維持することである。しかし、オメガ点がある意味で今からすでに愛の源であると同時に愛の対象でなければ、どうして粒子全体の精神的一致を生みだし、これを維持できるであろうか?」。シャルダンにとって、オメガ点は完全な愛であり、神である。

 動物までの進化においては、分岐は多岐にわたり、分散していったが、高度な形の精神を持つ人類の分岐は、分離し終える前に互いに統合するのである。人種、民族、国家は個々のアイデンティティを確立するため、分裂の様相を呈しているが、やがて相互の繁栄によって強化され、完成される収斂運動となる。これが最終的に人類が、そして宇宙がたどる進化の方向ではないであろうか。