宇宙は人間を生み出すためにあった。

<生命の樹>

 1970年に、大阪で開かれた万国博覧会で、宇宙の進化を取り扱った展示があった。詳細には覚えていないが、印象に残ったところだけ拾い上げてみよう。

 「太陽の塔」と称されたテーマ館があり、狭い入り口から入ると、10m位の長さのトンネルの両壁に、物質の進化を表す展示が続いていた。最初は、1cm位の1個の球を付けた細い棒が数本、静止したまま上から吊り下がっていたのが、内に進むにつれて徐々に回転し始め、また構造も枝が分岐して次第に複雑になっていく。トンネルの終りに近づくころには、DNAに似た螺旋状の構造の物質が、美しい動きを見せてゆっくり回っているところまで来た。やがて、かなりの空間のある部屋へ導かれると、そこでは、上に赤い球をつけた長さ50cm位の棒が、床から一面に生えていて、それらが組織的に大きなうねりをもって、統合された美しい動きを見せていた。進化の過程がより複雑化し、同時に統合へと向かっているのがよく分かる。この統合された動きは、もはや単なる無機物の動きではなく、生物の巧妙なうごめき運動を思わせた。

 さらに進むと、二本足で立つようになった人間が、自由になった手を使うようになったことを表現するためか、大小さまざまな人の手形が壁一面に押されている所に着く。そこから、いろいろな国の仮面が所狭しと置かれた薄暗い部屋に行き着き、異様な精神的な高まりの中に霊の存在が感じられるようなところに導かれる。単純な素粒子から始まった宇宙の進化が、化合して複雑化し、あるとき統合されて生命を生じ、やがて精神的な働きにまで進化していることをよく表した展示であった。

 最後に、太陽の塔と呼ばれる高い塔の内部にたどり着くが、そこにはたくさんの枝を茂らせた一本の大きな木、「生命の樹」が地上から塔のてっ辺を目指してそびえており、見物者は壁づたいに螺旋状の階段を上って樹の頂上まで見ることができる。根に近い枝には、アオミドロやクラゲなど下等な生物が乗っており、登るにしたがって高等な生物に変わっていく。爬虫類のところまで登っていくと、巨大な恐竜が、時々目をカッと開き、口を大きく開けて見物者を威嚇する。さらに登ると、小さな枝々には、ウサギ、犬、猿など様々な哺乳類が乗っており、最後に樹の中心部から真っ直ぐに伸びた幹の頂上に、人間が太陽を仰いで両手を広げ、威厳を持って立っているのが見られる。「生命の樹」にはタイトルがあり、そこには「すべては太陽から出て、太陽に至る」と書いてあったように記憶している。

 <宇宙進化の方向性>

 こうした全宇宙の統合した方向性を持つ進化の過程は、1955年にアメリカで、そして1964年に日本で出版された、ティヤール・ド・シャルダンの著書「現象としての人間」の中に詳しく述べられている。彼は、「物質は生命の可能性を持ち、生命は精神の可能性を持つ」と言ったフランスの哲学者ベルグソンの考えをさらに推し進めて、宇宙全体を一つの進化過程として捉え、この進化はある法則にしたがって、一定の方向を指向して動いているとみる、新しい仮説を提唱した。生あるすべてのものが、より高次の内在的自発性に向かって進む大定向進化である。 ティヤール・ド・シャルダンは、1881年フランスのオーベルニュで生まれ、1899年にイエズス会に入会し、後に司祭となった。彼は、哲学と神学を研究するかたわら、地質学、古生物学を専門に研究し、アジア、アフリカまで探検して発掘、化石研究をし、とくに中国には20年以上も生活している。1938年に宇宙進化の大仮説を「現象としての人間」にまとめたが、あまりにも進歩的な考えは当時受け入れられず、十数年遅れての出版となった。

 「物質」から本質の全く異なる「生命」へ、また単なる「生命」から次元の異なる「精神」へという進化は、どのように起こったのであろうか。彼によると、この進化はある特殊な瞬間に、一つの成熟、脱皮、臨界を越えて、突然に変化して来たのだという。言い換えると、その進化は継続する過程の結果として現れたのではなく、あるとき「宇宙の中に、ただ一度だけ現れた原子核と電子のように、原形質も地上にただ一度だけ現れ」、「それと同じように、生命は唯の一度だけ思考力の第一歩を踏み出すことができたのである」。このようにして「生命にとって一回だけの季節があったように、思考力にとっても一回だけの季節があった」と言っている。

 「生命」、「精神」にはそれぞれの飛躍の段階で、以前とは全く異なった高い次元の能力が備わった。「生命」には、外部の物質を取り込み(栄養作用)、自らを成長させ(成長作用)、また、自らと同じものを生み出す力(繁殖作用)が与えられた。そして、初期段階では未分化の状態にあった植物と動物が分化し、それぞれは一定の方向に向かってより高度な進化の過程をたどっていった。とくに動物は、神経物質の分化によって精神機能を向上させ、高度な知的作用、情動能力を持つに至った。意識の上昇である。しかし、動物は、まだ自分が知っているということを知らない存在である。動物の精神活動は単に本能の範囲内にとどまり、その域を越えることはない。善か悪かを思考することなく、自分の本能の要求するところにしたがって行動するのであって、道徳的な反省力を持たないものである。     「現象としての人間」の解釈については故藤井稲穂師にご指導いただいた。)