キリストのご変容  タボル山で

 荒れ野から帰られると、イエスはさっそく弟子を招かれる。というより、洗礼者ヨハネの信仰と
厚意によって与えられた弟子で、無名で、素朴な、ただ真摯な心で神の救いを待ち望む人々であ
る。彼らを伴って、カナの婚礼に行かれた時、イエスは水をブドウ酒に変えるという最初の奇跡を
行なわれた。マリアの依頼によるものである。マリアは受胎のお告げを受けたときのような直観で、
今このときが、イエスの神の子としての第一歩がはじまる大切な時と思われたのであろう。イエス
の拒絶にもかかわらず、しもべたちに「彼が言うように行ないなさい」と頼まれる。

 一方イエスの方は荒れ野で、奇跡など神の力を誇示する業は放棄しようと思っておられた矢先
であるから、「まだそのときは来ていない」と拒否される。しかし、マリアのこの信仰に満ちた言葉
によって、奇跡が自分のためではなく、人々に対する父の愛と光栄を表す行為であることを悟って、最初の奇跡を行なわれた。以来、イエスは人々の愛と救いのためには、自由な心で病人をいやし、死人をよみがえらせ、多くの奇跡を行なわれた。カナにおいてイエスは、マリアから宣教のあり方を教われたとも考えられる。

宣教時代の前半のイエスは、希望と喜びにあふれ、人々に多くの教えを説き、いやしていかれた。イエスにとって、自分の生涯を、生命を、人々の救いのために使い切ることはうれしいことであったにちがいない。多くの人々もイエスの救いの言葉に耳を傾け、どこに行かれても慕い集まってきた。

 しかし、その教えが神の御心をそのまま語るものであったので、当時の権力者たちの権威を脅かすものとなり、恨みを買うものとなった。そうした頃の洗礼者ヨハネの死は彼に大きな衝撃を与えた。神の使命を託されたものの死は、多くの預言者がそうであったように、このように無意味と思われる死に方をするものか。人々に生命を与える死とはこういう死に方なのか。イエスは、人里はなれたところに退いてヨハネの死を悼むと共に、自分の死と重ね合わせて考えめぐらされた。(マタイ14 :13)

次第に、イエスの心はご自分の死のありさまが予感され、重苦しいものになった。彼はたびたびユ                  ダヤの国を離れ、異教の地で人知れず考えてみたいと思われた(マタイ16 :13)。また、自分の亡き                  後のことを考え、弟子たちを教育しておく必要があった。そしてイエスは弟子たちに、「人の子は                  必ず多くの苦しみを受け、―――殺され、三日の後に復活することになっている」と打ち明け始め                  られた。(マルコ8 :31) 
 「ことになっている」という言い回しは、イエスはそうなることを直感的に悟ってはいるが、まだ
受け入れがたい思いを持っておられることが感じ取られる。心の激しい戦いのさなかに、ペトロが
イエスをいさめて「そんなことはない」というと、イエスは激しい言葉で「サタン退け。あなたは
私の邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている」と お叱りになった。同時にご自
分の心に迫るサタンの誘惑を払いのける言葉であった。

 その後、イエスは再び心の中に強い霊の誘いを感じ、三人の弟子をつれてタボル山に上られた。そこで、神の栄光の中に、自分の死の有様がモーゼによってはっきりと告げられることになる(ルカ9 :31)。あざけりとさまざまな苦しみ、もっとも卑しめられた十字架の刑、しかしそれは、神の栄光の中で行われ、神の栄光をいや増すことになるのである。イエスが「はい」と答えられると、父なる神は「これはわたしの愛する子。私の心に適うもの」と確証してくださる。天が開けて、神の言葉が下る二回目である。そのときは、イエスの使命に対する認識がより深まり、具体化されていく。それからの彼は、弟子たちにきっぱりと自分の死を告げていかれた。

 以来、世間のイエスについての賛否両論はだんだんと色濃く対立することになった。

彼は徐々に公然と行動することを差し控え、ユダヤを避けて、そこでひそやかに宣教活動を繰り広げられた。また、イエスは弟子たちを派遣し、宣教活動の準備をさせられた(ルカ10 :1~)。時が来るまで、弟子たちの信仰教育に余念がない。律法学者やファリサイ派の教えの違いもはっきり正される。ラザロの死にあたっては、蘇りという大きな奇跡をもって、弟子たちに自分の死後の復活の可能性をしっかり植え付けられた。しかしそれは、同時に反対者の憎悪をますます増長させるものとなった。

対立が激しくなり、死に渡されるときが近づいた頃、イエスがひそかに予感されていた死の訪れの印、「ギリシャ人の来訪」を告げられてイエスの心は大きく騒ぐ。,「人の子が栄光を受けるときが来た。--------いま、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。「父よ、私をこのときから救ってください」と言おうか。しかし、私はまさにこの時のために来たのだ。父よ、御名の栄光を現してください。」イエスが再び「十字架の死」を受け入れられたとき、天が開けて父の言葉か響く。「私はすでに栄光を現した。再び栄光を現そう」。天からの答えの三度目である。

 こうしてイエスは、自分に定められた十字架の死を、人間として徐々に理解し、悩みながら対処して、自分で自由に受け入れていかれた。決して死をも恐れない英雄のように気負ってではなく、一つひとつを丁寧に確認しながら「はい」と答えていかれたのである。以後の彼はひたすら弟子たちの身を案じ、自分亡き後もどこまでも強く信仰を保ち、教会の基礎を築くようにと教育される。

その3. 宣教時代