はじめに

「太陽も死も凝視出来ない」とラ・ロッシュフーコーは言っていますが、誰にとっても死はおそろしいものです。できることならそれを味わいたくないし、考えないでいたいと願っています。年を取って日一日と死を迎える時期のせまっている方々にとっては尚更のことでしょう。

先ずは死の前に出くわす肉体的苦痛に対しての恐れがあります。知的能力の減退に対するおそれもあるでしょう。そしておそらく人々の重荷になるであろう気がかりもあるでしょう。また、親しい人との離別の悲しみ、過去に犯したあやまちの責めがあるかも知れません。そして最期に、心の底からゆすぶられ、人知れず不安におののく思いは、「死後はどこへ行くのか」「たった一人で、その未知なるところへ足を踏み入れなければならないのか」という孤独感でしょう。

ですから人はその不安を出来るだけ忘れ、押し殺すように努力しています。そして囲りの人も、お年寄りや病人の気持ちを支えるために、死の問題には一切ふれないように気をつけ、ほがらかに笑い飛ばし、彼らが心の中の深い苦悩に陥らないよう努めています。しかし一時は忘れ、麻痺していた苦悩は、一人になると目を覚まし、お年寄りは誰ともまともに語り合うことができず、ましてや担ってくれないという淋しさといらだちを、ひしひし感じてくるのです。

はたして、こんなことのくり返しでよいのでしょうか。生を迎えた以上、死は確実に訪れるということは否定できないことですのに。そして、もしかして、死はすばらしい国への誕生かも知れませんのに--------

死をおそれない人もいる

最近、一度死にかけて、再び意識を取り戻した70歳前後のご婦人に会いました。彼女は狭心症で倒れ、三日の間意識不明に陥っていた方です。無意識のうちにうめき、あばれ、相当な苦しみを想像させる状態を前に、家族は、おろおろしながら見守っていました。ところが、三日目に目を覚ました彼女は、開口一番「ああ、自分はとてもよいところに行っていた。いろいろな人の出迎えを受けて、もう少しであの世に行けるところだったのに、引き戻されて残念だった。そのまま行かせてくれたらよかったのに」とくり返し、残念がっておられました。今は、普段の生活が出来るくらいに快復してこられましたが、それ以来、彼女は「死は少しも恐ろしくなくなった、時期が来たらいつでも行きたい」とよく言っておられます。

死の体験者

最近、死については、宗教家よりも、むしろ医師や学者の間で研究されるようになってきました。どこの書店でも「死」、「死後の世界」、「死と再生」等に関する書籍が、相当な場所を占めるようになってきました。

この中で、哲学博士であり、医学博士でもあるレイモンド・A・ムーディの著書「かい間見た死後の世界」は、150人の「近似死」体験者の記録を綴っていますが、多くの蘇生者が、先にあげたご婦人と同様の体験をしている興味深い本です。

この150の事例は、
1
、担当医が臨床的に死んだと判断、宣告、断定した後に蘇生した人たちが体験したこと。
2
、事故、重篤な病気などのために、物理的肉体が死に瀕した人たちが体験したこと。
3
、蘇生した人が自分が体験したことを臨終の場に居合わせた人たちに話し、更にその人たちが、その内容を作者に報告したもの。

などを集めたものですが、死に瀕した時の状況や、死を体験した人々のタィプが様々であるにもかかわらず、体験内容そのものには、驚くほどの共通点があることを指摘しています。

これによると、体験者は、肉体の危機が頂点に達したとき、囲りの人々が自分の死について、宣告しているのを聞きます。そして、長くて暗いトンネルの中を猛烈な速度で通過するのを感じ、同時に自分の物理的肉体から抜け出たことを覚ります。しばらくすると、すでに死亡している親戚とか友達の霊がそばに感じられ、今まで一度も感じたことのないような愛と暖かさに満ちた霊―光りの生命−と出会います。この光りの生命は、愛の中で一瞬のうちに生涯の主なできごとを再生して見せ、総括を手伝ってくれます。その後、現世と来世の境界ともいえるものに少しずつ近づいているのを感じますが、その時には激しい歓喜、愛、やすらぎに圧倒されて霊界に留まることを切望するようになります。ところが、意に反して、再び自分の物理的肉体と結合して蘇生するという過程を通っています。そしてその後、蘇生者らは死を少しもおそれなくなり、また誰もが今までの生き方を改めて、淡々と平和に過ごすようになります。

 レイモンド・A・ムーディ氏は、哲学者として、医学者としてこれらの研究の報告をもって早急に死後の生命の存在を結論づけることは差し控えていますが、少なくとも彼自身はこうした体験者と知り合うことによって、死後の世界の体験は現実的なできごとになったと告白しています。

 死とは何か

もし、この体験が本当であるとすれば、死はすばらしい国への門出であるかも知れません。ある人は死を毛虫と蝶の関係にたとえています。毛虫は、時期が来ると、今までの生き方をすっかりやめてさなぎになり、死んだもののように動かなくなります。しかし、やがて殻を破って美しい蝶に姿を変えると高く低く自由に飛びまわるのです。もし、毛虫が枝にしがみつく生き方に固執するならば、どうして自由に飛びまわることができるでしょう。

また、ある人は、死を胎内から生まれるその瞬間にたとえています。もし胎児がいつまでも暖かく平和な胎内に留まることに固執するならば、この世へのよろこばしい誕生はなかったでしょう。死は新しい生命への誕生であり、老年期はその時への準備期間だというのです。 

医療と死の告知

ところで、現在日本では死への過程に関心を示す人々が増え、病人をホスピスとして支えていく病院ができました。

しかし、未だに高度な医療機械に囲まれて、一人で孤独と恐怖におののきながら死んで行く人々もあります。われわれはたびたび、死に対するお年寄りや病人の真剣な思いをはぐらかし、その準備への道を邪魔していないでしょうか。誰にでも容赦なく迫ってくる死をどのような覚悟で迎えるかということは、本人が解決しなければならない課題の一つであるのです。年とってはじめて開ける地平線の彼方に目を向けて、人生の夕べを有意義に過ごすことはできないのでしょうか。

しかし、それだからと言って、いきなり死の宣告をして、お年寄りや病人を無理矢理に死に向かい合わせるよう仕向けるのは考えものです。死は徐々に受容され、準備して迎えられる神聖な生命の誕生であるはずです。愛なくして、また希望を感じさせることなくして告げる人を、死に向かう人は容易にゆるすことは出来ないでしょう。

近年、E・キュブラー・ロスという米国の女医が、死亡末期患者200名のインタビューを

「死ぬ瞬問」という書にまとめ、不治の病に死にゆく患者の心理過程を次のような図で報告しました。

これによると、患者は、自分の死が近いことを告げられたときは、先ず大変なショックにおそわれます。彼らのほとんどは、そんなはずはないと思い否認します。否認のあとは怒りと憤りが支配し、それはいろいろな形であらわれます。動くことの出来る人々への羨望もその一つであり、なぜ自分だけがという思いもその形です。周囲の人たちがこの怒りを寛容に受けとめれば、患者は大いに助けられ、一時的な取り引きの段階に達します。

ここで患者は、もし治ったらどうこうするとか、何々するから治るようにとか取り引きいたします。その間にも、部分的不安や怒りは出没しますが、どうしても治らないとわかると、彼らは抑鬱の状態に入ります。しかし、この抑うつは、最終的寛容への踏み石であり、そこを通してはじめて、死を平和な気持ちで受け入れることが出来るようになります。多くの患者は、何ら外部からの助けを受けることなく、最終的受容へ達して行きますが、そうでない人々は、これらの各段階を通過して、平和と威厳のうちに死んでいくためには、他からの助力が必要であったと報告されています。

こうして、死をみつめながら、獲得していった安らぎは、今まで生きてきた人生に意義を見出させてくれることでしよう。

人生の終りに当たって、全ての人が輝やかしい死を迎えられることを願いながら、35歳で亡くなったモーツァルトの手紙をもって、レポートを閉じたいと思います。

「死はたしかに人生の最終の目的なので、数年来、私は人間の最良の友である死に親しむことを自分のつとめだと思っています。そのためか、私はこの友のことを思い出しても別にこわくなく、むしろ大きななぐさめと安らぎをおぼえるのです。真の幸福の鍵である死と懇意になる機会を与えられたことを私は感謝しています。いくら若くても、明日はもう生きていないかもしれない、と思わずに眠ったことはありませんでした。私の知り合いで、私をむっつりした悲しそうな人間だと言う者はないでしょう。私はこのよろこびを与えられたことを毎日のように感謝して、ほかの人びとも同じよろこびを与えられるよう切望しています」(亡くなる4年前に父親に宛てた手紙から)                          ( C.T )     


美わしい老年   ―充実した死への胎生期―
11月:亡くなられた方々のために祈る月

     人生の実りの秋に向かって準備するために
         次のレポートをつづってみました。