その1

「神の愛は無限、無限の半分は無限」ということを発見する時、人は自由になれる。何から自由になれるのか、それは、嫉妬や自己中心の殻で覆われた自分から自由になるということ。神の愛を深く知り、限界ある自分を神に任せて憩いたいものである。                                   つづく                                        

 

 カインは神の愛を独占したくて弟アペルを殺しました。でも、神の愛は無限だったのです。無限の半分は無限なのです。カインがそれに気づいていたら、アペルを殺さなかっただろうにと思いました。             (4年 小島玲子)

今生きていることの意味を考え、自分の使命――「私にしかできない使命」を捜し始めようとする。神の言葉がどこからか響いてくる。「わたしはあなたを母の胎内に造るまえからあなたを知っていた。」(エレミヤ14

 神を知ろうとすればするほど、自分の小ささと惨めさが出てくる。神の視点で物事を見ようとするからである。初めに造られたアダムとエバは、禁断の実を取って食べてしまった。私たちは、この二人と蛇に目が行きがちであるが、その時の神の心を見て、こう語っている人がいる。

 この研究は私にとって、改めて自己を見つめ直すきっかけとなりました。…私はなぜこの世に必要なのか? それは、神様が私にしかできない使命をお与えになったからです。                                  (5年 武田真実)

U.生徒たちの気づきと発見

 聖書のなかに自分自身を見い出し始めると、聖書の読み方が変わってくる。天地創造から始まる創世記を読み、個人研究シートを使って研究していくうちに、自己発見の旅に入った人がいた,自分の存在理由について考え、このように結んでいる。

T.だるまさんがころんだ

 数年前、散歩の途中で大きな杉の木を見た。私の足は止まって動かなくなり、じっとその木を見ていた。昔、このような木のところで、近所の友だちと「だるまさんがころんだ」という遊びをしたのを思い出したからだ。

 その時の光景が目に浮かんできた。その木のそばにいる鬼には、一人を除くすべての友だちが捕虜となってつながれている。たった一人残った友だちは、みんなを解放しようと賢明に鬼の様子を伺い、ジリジリと鬼に近づいていく。鬼が振り向くとき、その友だちは静止する。つながれている私たちも動かないで、祈るような思いで皆がその人を見つめている。その人はもはや私たちの友ではなく、私たちを解放してくれる勇者であり、唯一の頼みの綱である。早く鬼のところまでたどり着いて、「切った」という掛け声とともに、鬼と私たちの間を切って、自由にしてくれないかとだけ願っているそんな姿を見ていた。

  大きな杉の木の前にどのくらい佇んでいただろうか。我に返って、また、散歩を続けた。次の瞬間、「なぜ、だるまさんがころんだのか」という疑問が湧いてきた。いや、降ってきたのだった.だるまさんは決して転ばない。たとえ、転んでも起き上がることができるのに、なぜ「だるまさんがころんだ」と言うのだろうかと。そして、誰がこの言葉を言い始め、子どもの遊びとなって、今に受け継がれてきたのだろうか。この数年間、自分の心に起こった疑問の答えを探し続けた。しかし、納得できる答えが得られないまま時が過ぎていった。

 つい先日、宗教の授業で、出エジプト記の説明をしている時、数年前に見た杉の木が脳裏に浮かび、近所の友だちと「だるまさんがころんだ」の遊びをしているところが、鮮明に思い出された.その瞬間、この遊びと出エジプト記が一つになってしまった。鬼はエジプトの王であるファラオ、鬼に捕まってつながれているのは、イスラエルの民。鬼に近づき、人々を解放しようとしているのがモーセである。このようにして、聖書のこの場面と「だるまさんがころんだが」一つになったのである。

 見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。(出エジプト記3910

  鬼にあたるファラオが、「だるまさんがころんだ」と繰り返している。モーセは警戒しながら少しずつファラオに近づいている。ファラオは、何がころんだと繰り返しているのだろうか。一体それは、どんな意味があるのか。「だるまさんがころんだ」という遊びが、私の記憶かち消えなかったのはなぜかといくつかの疑問が湧いてきた。思わぬ展開をみせたことでますます、興味と関心が大きくなり、深めてみたいと思った。

 生徒たちもさまざまな場面で、思いもよらない考えが浮かんだり、以前は決して考えなかったことを思いついたりしたに違いない。その個人研究の一部をここに紹介したい。

だるまさんがころんだ

青 木 薫 代

高校生と読む福音書