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ポンペイの家


ポンペイ便り   Sophie Robert より
  2013年

王家の墓、住居、召使の住居、守備隊
住居、聖職者の住居、来客用ゲスト
ハウ
ス、葬儀の島、貯蔵の島などそれ
ぞれ目
的の異なった人工の島と建造物がありま
すが、これだけの巨石をどのようにして運び、積み上げたのか多くの疑問が残っているところでもあります。

 ポンペイの首都はコロニアです。ミクロネシアの近代的な中心都市であり、カトリック教会はもとより、ミクロネシアカピタル、いろいろな国の大使館、ミクロネシア大学・図書館、銀行など近代的な建物が建ち並んでいます。
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教会の合同赦しの秘跡の式でサカヲをあらかじめ準備しておきます。

最近は現金収入を得る手段として、サカヲの儀式を無視して商品化され、サカヲのバーが出来たことは、大変残念なことです。

このような意味のあるサカヲの儀式を教会は典礼、赦しの秘蹟の式に取り入れています。これは人々の血の中に生きるメンタリティに教会の秘蹟が土着するために役立っています。日本で言えば、お茶の儀式と同じでしょう。

@サカオの気の根っこをきれいに洗う

@〜Bの写真は「伝統の飲み物サカオ」から借用しました

Bハイビスカスの皮に包んで絞る

 ポンペイの文化の一つに「サカヲ」があります。サカヲはポンペイ人にとり財産のひとつであり、サカヲとヤム芋と豚の3つを多く持っている人は、財産家と呼ばれます。またラジオも新聞もない村では、サカオは唯一の情報の場を提供し、社交の場、コミュニケーションの場になります。
サカヲは人々を歓迎する時、冠婚葬祭の時にはお客様への尊敬を表すものとして必ず使われます。

特集 サカヲ(Sakau)

中でもケプロイという滝は雄大で美しく多くの人が訪れます。

 島の周りは車で走ると3時間で一周できるくらいの小さな島ですが、この島は火山が爆発して隆起して出来た島で、中央は700メートルの小高い山になっており、気流が雨を作りやすく世界で第2の雨量です。そのためいくつかの美しい滝があります。

暑い夏は 紺碧のポンペイの海へ

チュークは信仰が厚く、教会活動の盛んな島です。
ミクロネシアのカテドラル(司教座聖堂)はここ、チュークにあります。、

四方の壁にはステンドグラスがあり、南国の太陽の光を受けて燦燦と輝きます。

2階歌隊席から見た聖堂内部

ツヌークの教会は援助マリア会が属している教会です

チュークのカテドラル ツヌーク教会が信徒の手によって
                        こんなに美しくなりました。

小教区の教会

自然が豊富で食べ物は周りの木々から簡単に入手できるという安易な生活様式やメンタリティーは、IT時代になってもほとんど変わってない現実に驚くことがあります。ホームレスの人はありませんが、外国からの輸入缶詰がスーパーにずらりと並び、食生活が変わることで、糖尿病、高血圧、心臓病が増えて来て、これが現在大きな問題となっています。

ポンペイでの宣教 :家庭訪問

ポンペイカトリック学校の1日ピクニック はここをクリックしてください

使徒的活動(ミッション)

ポンペイ・チュークの簡単な歴史

ミクロネシア大学図書館

グアムから飛行機で1:50分飛んだところにチューク、更に1:13分飛ぶとポンペイがあります。紺碧の海、すんだ空気、マングローブに覆われた緑の島々、あくせくと生活に忙しい日本に比べてなんと豊かな自然でしょう。

A根っこをたたいて水を混ぜる



司式者はサカオを先ず、司祭を通して神に捧げ、ついで、信徒の代表者にも渡します。双方が飲みあうことで、神と人の間に和解が成立するのです。

ポンペイの伝統の中ではナンマルキ(酋長)が村を統率し、村人を平穏に過ごさせるため治安の役目を受け持っています。そのため、喧嘩、揉め事、人殺しなどがあると神聖なサカヲが交わされ、それが受け入れられれば、和解が成立します。

サカヲは胡椒科の潅木で、その根っこを石の上で細かにつぶし、ハイビスカスの皮に包んで絞ったどろどろの飲み物です。アルコールが気分を高揚させるのに対して、サカヲは鎮静作用があり、気分を落ち着けて静かにさせます。

 常夏のポンペイは昼間32〜35℃ですが、海からの風と、木々の緑、スコールによって、朝晩は涼しいく過ごしやすいところです。日本の暑い夏を、今回はここポンペイの美しい海を眺めながら、楽しんでいただけたらと思います。

また、太平洋に向かいうマグローブの生い茂る海岸に、西暦500年頃から何世紀にも亙って築かれたという、ナンマドールという遺跡があります。これは玄武岩の石柱を井桁状に組み上げた建築物で、ちょっと日本の出雲大社を思わせる建物です。言い伝えによるとサウテロウル王朝の政治と信仰の中心地だったといわれています。

紺碧の美しい海。何よりも白い珊瑚の砂の上を透き通った水が、近くから見ると薄い空色にも緑にも見えてとても美しい。ここにはダイビングを楽しむ多くの観光客が訪れます。

 グアムから飛行機で3時間も飛ぶと、常夏の美しい島ポンペイに到着します。ポンペイを取り巻く内海は、島の周りを囲むマグロップとさんご礁によって外海の荒い波が和らげられ、豊富な海の幸を提供しています。

美しい海と緑のマグロップに囲まれ、人懐っこく友愛的な人々に接すると、一度ポンペイを訪れた人はもう一度来たい思いを持つ素敵な島です。

道路がよくなり電気や携帯電話、インターネットが普及するようになって、若い大学生は、パソコンを駆使して勉学に励んでいます。しかし、残念なことに、田舎では掘っ立て小屋で食事も十分でなくてもDVDで映画を寝転んでみている若者もいます。また、ハワイやアメリカに働きに出かけた若者は島に帰りません。

私たちはVicar(司教代理)からもらった質問をもとに人々と会話し、彼らの現実の生活を見たり触れたりします。時には何時間も歩いてやっとたどりつき「カセレーリア」と挨拶しても誰もいない時の空しさ、ワンワンと何匹もの犬にほえられながらやっと家族に出会えた喜び、ココナッツやバナナ、パンの実でもてなしてくれる家族、畑の農作物を土産に自動車のところまで運んでくれる家族、また、私たちの助言でマルファナをやめて家族が円満になったと感謝される人、奥さんが自分と子供を置いて出て行ったと怒りを込めて話す人----と人々の喜びにも悩みや悲しみに出会います。

援助マリア会がポンペイに創立されてまもなく家庭訪問という人々との地味なかかわりを通しての宣教をはじめ20年余りになります。舗装された一周道路が出来、昔より便利になったとはいえ転々と散らばる山奥の信者の家庭を訪問することは体力と忍耐が要ります。

親愛なる姉妹がた

私が勤務しているポンペイカトリック学校で行われた行事の一部を写真でご紹介いたしましょう。

ポンペイカトリック小学校はコロニアという市街にあります。ポンペイ州の政府関係の建物、銀行、カトリック教会、プロテスタント教会、ポンペイカトリック高等学校。セブンデイやバプチストの私立の学校があります。
 ポンペイカトリック小学校は幼稚園から8年生まです。ポンペイの教育制度はアメリカ式ですので日本のように6.3.3制ではなく、小学校は1年から8年まであります。

4年前に人々から宗教教育の大切さから依頼されて、ポンペイカトリック高等学校が始まりました。

私はポンペイカトリック小学校で宗教を教えています。一年を通して沢山の行事がありますが今回は初聖体(カトリック信者の子供たちが始めてイエス様をいただく式)や8年生の卒業式や錬成会、また年に1回の全学年のピクニックがありますが、ピクニックの写真は次回に掲載いたしましょう。

主な使徒的活動
 ・家族訪問・病人訪問、刑務所訪問 
ポンペイ司牧の中枢部の事務   
       ・幼・小学校の宗教教育               
 ここでも、私たちは、どんなことを要請されているかの模索から始まめした。現地語を学ぶ傍ら、家庭訪問をし、地道なかかわりを通して、少しずつ人々の要求を察知してゆきました。
 そして、若い女性の基礎教育と、子供の宗教的・
人間的教育の必要性に目を留め、徐々に浸透させていきました。

 この島は、1521年マゼランの世界一周によって発見されて以来、スペイン、ドイツ、そして、今から約60年位前は日本の統治下にありました。日本統治時代は、戦前ドイツから譲り受けて人口の約半分は日本からの移民で栄えたくらいです。そのため年配の人の内に日本語を話す人もあり、親日的です。特に、トラック諸島と呼ばれたチューク、はかつて日本帝国の委任統治領になったところで、日本人にはなじみ深いところです。
 サイパン、パラオ、ヤップ、チューク、ポンペイは、第二次世界大戦で日本が敗戦し、アメリカの委託統治となって、経済的援助が続きました。1986年にミクロネシア連邦としてついに独立し、1992年最後の国連加盟国になりました。


 ポンペイは決して貧しい国ではありません。さんご礁に囲まれた常夏の島は、いろいろな作物や果物、魚が豊富で、ミクロネシア独特の文化を持ち、精神的にも豊かです。しかし、赤道に近い小さな島なので他国との交流が難しく、文化が入りにくいため、外部からかかわりを求めていく必要があるかもしれません。

1980年、ここに、援助マリア会は支部を創立しました。日本に修道会が誕生してから34年目、ようやく海外に宣教者を送れるようになった最初の国 (島)です>