自分の量る量りで量り与えられる(マタイ7/2)                   

わたしは 戸口から戸口へと 村の小道を物乞いしながら歩いていた。
そのとき、あなたの黄金の馬車が 絢爛たる夢のように 遥か彼方に現れた。
王者のなかのこの王は誰だろうと、わたしは考えた。

わたしの希望はふくらみ、失意の日々も これで終わった と思った。
そして、求めずとも与えられる施しと、塵のなかにいちめんにばらまかれる
財宝を期待しながら わたしは立っていた。

 馬車は わたしのそばに来て 止まった。あなたは わたしを一目見て 微笑みながら降りてきた。わたしの人生にも ようやく幸運がめぐってきたと思われた。そのとき 不意にあなたは 右手をさしだして言ったー「このわたしに 何をくれるというのかね」と。

 乞食に向かって物乞いの手をさしだすとは、なんという王さまらしいいいたずらなんだろう!

わたしは当惑し、どうしたものかきめかねて、しばらく立ちすくんでいたが、やがて わたしの頭陀袋から おずおずと いちばん小さな米粒をとりだして、あなたにさしあげた。

日暮れどき、袋の中身を床にあけ、貧しいもらいものを積みあげて、そのなかに いとも小さな金の粒を見つけたとき、どんなにかわたしは驚いたことだろう!わたしは おいおい泣いた。そしてわたしの持っているいっさいを あなたにさしがげるだけの真心がわたしにあったらと、かえすがえすもくやまれた。

                       RabindranathTagore (タゴール)